豊崎由美×ミルキィ・イソベ トークショー「ブックデザインは批評だ」を昨晩見に行った。着いた時間がギリギリだったので、後ろの方の席。とはいえ、自慢じゃないがミルキィ本はほぼすべて知っているので(ファンだし、ご本人知ってるし)、そこはまあ問題じゃない。
話どこに進んで行くのかなぁ、と思うと司会の今野裕一さんはさらに別方向へ展開させようとするし、本への愛情満載の不思議なトークショーでした。 昨晩の簡単なまとめ(順番はぐちゃぐちゃ)。
- 書評と批評は違う。書評はその本に手を伸ばしてもらうためにあり、 批評は本の内容自体に対し冷静に行われるものである。
- この意味でブックデザインは批評ではなく、書評である。 (トークショーの途中でタイトルを変更な感じ。)
- ミルキィさんは本の内容から言葉を汲み上げ、 そこから見えるものをブックデザインにしている。
- ふたりともキャサリン・ダン著「異形の愛」が好きだ。
ちなみに私も好きだ。特に小口がね。おかげでこの本、異形だもの。さらに、私は個人的にこの制作現場見てるんだよねぇ。アシスタントの安倍さんの苦労にも私は感動してたんだけど。本屋で見た瞬間に買ってました。…で、今確かめたんだけど、手元にあるのは3刷だった。ああ、最初に買ったのはアイツにあげたんだ、と今さら思い出しました。
- 本はすべての紙に実際に触らないと読めない。 結果、誰かが読んだ本はその人の一部になってしまう。
- 手で触れることを考えてミルキィさんはブックデザインをしている。 だから通勤電車の中で読まれるタイプだろうなと思ったら、 指のかかるだろう位置に文字は置かない。(今読んでる本「地球の測量」は、こういうところが全然ダメ。 昼の食事の後、コーヒー飲みながら読む時、 本をテーブルに置いているのはここに理由があったんだ!と納得。)
- こうした結果として、本はある意味、生き物に近い存在である。
- 本を読む時はブックカバーは外し、本体のみにしている。 豊崎さんはブックカバーを汚したくないから。 ミルキィさんはブックカバーは本体からずれて嫌だから。 ちなみにどうでもいいけど、私も同じ。理由はミルキィさんと同じ。
- 帯を含めてのデザインというのは日本独特。ミルキィさんは早い段階で帯の位置を考えて作業をしている。
- 本の表紙とカバーと帯の連携でどう見せるかも考えている。(そうじゃない本が多いんですけど。)
…こんな内容でした。いや、もっと濃かったんですけど。


